堀貞一郎 先生のことば。堀貞一郎 先生の思い出

堀先生、ありがとうございました。

堀先生とのちょっとした会話から、IWCJづくりが始まりました。
その後、「もっと・・・を調べてごらん」「おもしろいね・・・」
「君は僕の時間をどう思っているのかね・・・」と𠮟咤激励をいただきました。

まだIWCJは「序破急」の「序」。「序」のなかの置(おき)が終わったに過ぎません。
もっともっと、これからを見ていただきたかったです。
先生からお譲りいただきました先生の陶芸作品をはやく事務所に飾ることができるよう、
早く「破」に着手すべく、一同精進してまいります。
ありがとうございました。


堀貞一郎(ほり ていいちろう)先生の略歴:

堀貞一郎

堀貞一郎。株式会社余暇通信社 代表。元 東京ディズニーランド総合プロデューサー。元 株式会社オリエンタルランド顧問。電通の前身(株)日本電報通信社に入社しラジオ・テレビのプロデューサーとして活躍 (「11PM」、「シャボン玉ホリデー」など黎明期の名番組を企画)また「水曜ロードショー」の解説者として活躍)。(株)オリエンタルランド常務取締役就任後、浦安地区総合レジャー施設の企画を担当し、10のテーマ案をまとめる(その1つが「素晴らしい人間とその世界」)。その方向性とディズニーランドの方向性(ファミリーエンターテイメント)が合致していたことから、ディズニーランドの日本誘致を決断し推進。誘致を実現させた。1978年に東京ディズニーランド 総合プロデューサーに就任。1983年、東京ディズニーランドの開業に伴い、オリエンタルランドを退任し、テーマパークコンサルティング事業のランドアソシエイツ株式会社(現在のエル・エー・シー社。現代表は永井純二氏)を創業。1984年には調査・出版をおこなう株式会社余暇通信社を創業。1988年にオリエンタルランド社が発表した「第2パーク構想」の進捗に違和感を感じていた高橋政知氏からの誘いで、1992年にオリエンタルランド社の顧問に就任。当時副社長だった加賀見俊夫氏を支え、東京ディズニーシーの開園に尽力した。2014年2月に死去


堀貞一郎 先生のことば(HORY WARDS


40代前半までは、とにかくバタバタしなさい。

 IWCJを設立すると決め、10年で実現したい計画をご説明して意見を伺ったあとにいただいた言葉の1つです。


3年間は、だれからも資金援助を受けずに頑張りなさい。

 IWCJを設立すると決め、10年で実現したい計画をご説明して意見を伺ったあとにいただいた言葉の1つです。
 スポンサーや国の予算をもらうと、やりたいコンセプトが歪んでしまう可能性が高いためです。


これからの人材にもっとも必要なのは誠実さの 「I」なんだ。

 子どもたちに必要な要素(SMILE)を議論していたときの言葉の1つです。
 特に重要なのは、「 I= Integrity(誠実さ)」だと、特に強調されてました。


上下20歳以上歳の離れた友人をもちなさい。
今日からは君と20離れた友人だ。

 この言葉をいただいたあと、堀貞一郎 先生に考えていることを話し、最終的に生まれたのが
  IWCJ の活動の1つ「 Mentor & Mentee Network」という活動です。第1回記念会合では、
 上澤昇さん(元 オリエンタルランド副社長)にお越しいただきました。


「視察はアイデアを拾いに行くのではなくて、アイデアを捨てに行くんだよ、
 既にあるものと同じものを考えてもおもしろくないでしょ

 後にディズニーランドになる浦安の開発に於いて、世界中を視察して回った堀貞一郎 先生は、
 同じアイデアを捨てて行く過程で、ディズニーランドという全く新しいシステムと巡りあったそうです。
 わたしたちも、社会に必要で他にないものを創造し続けていきたいと思っています。



ホリテーマサロンの思い出1:


堀貞一郎 先生は、ライフワークのように毎月1回「ホリテーマサロン」を開催されてました。ワインを飲みながら、環境から農業、観光振興、集客(人を集める)、テーマパーク、ホテル、地域活性化、研修や教育など、様々なテーマについて語りあう場です。

その中で、私の思い出になっているのが、テーマ=「感化」の日(2011年6月15日)です。
いつもは、メインスピーカーは堀貞一郎 先生なのですが、この日は堀貞一郎 先生自らがメインスピーカーとしてお話されました。
堀貞一郎 先生が、東京ディズニーランドの誘致や総合プロデュースをはじめ、困難なプロジェクトに挑戦することを生き甲斐とされたのは、さまざまな人との出会いとその教えに感化されたからとのことでした。電通の吉田秀雄氏の「鬼十則」や白洲次郎氏、永野重雄氏、江戸英雄氏、小谷正一氏といった方々との話で、いつも以上に熱気あふれるテーマサロンでした。


永野重雄さん(新日本製鐵会長などを歴任した戦後日本を代表する財界人)について
「20歳以上年の違う友達をもて」

永野さんが日本商工会議所会頭のころ(堀先生は日本青年会議所の時代に)、永野さんから「20歳以上年の違う友達をもて」と言われたそうです。もともとは、永野さんは松永安左エ門さん(「電力王」「電力の鬼」と言われた財界人)から同じことを言われたそうです。先輩と奉っては、距離ができてしまって、本当の話はできない。だから友達になろうと。「上下40年の情報が入ってくるわけですから、皆さん必ず実践してください」とのことでした。


江戸英雄さん(三井不動産の復興に尽力し、社長、会長職を務めた財界人
       東京ディズニーランド開園の最大功労者の1人)

江戸さんとの出会いでは、経営者として「人を見る目」が大切だということを学んだそうです。江戸さんは、堀貞一郎 先生と出会った際に、堀貞一郎 先生の人を見るために、ひたすらいろいろなところに誘い、その友人をいろいろとみて交流されたそうです。


小谷正一さん(戦後のマスメディアを切り開いた伝説の大プロデューサー)
「1年ごとに新しいことをするのがいい!
 そのかわり1年真剣でないと。
 1年でだいたい片付く。2年かけるのは意味がない」

電通の吉田英雄さんが小谷正一さんを電通に迎え、堀貞一郎 先生は小谷さんの下で大阪万博「住友童話館.電力館」のプロデュースを手がけるようになったそうです。この大阪万博の住友童話館と電力館の成功により、ジャック岩田さん(ロサンゼルスの写真家)経由で、ディズニー社から堀貞一郎 先生にプロデューサー参画の誘いがあり、またそれがその後のディズニーランド誘致の話につながっていくという話がありました。

小谷さんからは、好き嫌いではなく世の中の反応をみるという視点、時間の概念、そして具体的で明確な目標を立てる重要性を学ばれたそうです。


吉田秀雄さん(「鬼十則」で有名な電通の第4代社長)
「鬼十則」の教え

入社時に「鬼十則」を渡された。普通の会社であれば、毎朝、社訓を朗読するとか唱和するとかするところが、毎日読めとも言われず、ぽいっと渡されただけだったそうです。最初は「本当に会社でこんなことをやってよいのか?」と思ったそうです。「大きな仕事」と取り組め、「難しい仕事」を狙えという教えに感化され、大きなプロジェクトに挑戦することが生き甲斐になっていったそうです。

最後に、先生は「堀 自戒十条」とタイトル付けされた、堀先生が考える「鬼十則」案をテーマサロンメンバーに提示し、説明されました。先生の中では、まだ未完成版だとのこと。いずれ、世に発表されるときには、多くのリーダーを感化させるものになるに違いありません。



ホリテーマサロンの思い出2:



堀貞一郎 先生は、ライフワークのように毎月1回「ホリテーマサロン」を開催されてました。ワインを飲みながら、環境から農業、観光振興、集客(人を集める)、テーマパーク、ホテル、地域活性化、研修や教育など、様々なテーマについて語りあう場です。

その中で、もう1つ私の思い出になっているのが、テーマ=「SMILE」の日(2010年3月3日)です。
オリエンタルランド社の最初のオリエンテーションから、東京ディズニーランド(TDL)や東京ディズニーシー(TDS)のスポンサーの説得から、東京ディズニーランドの開園セレモニーの司会まで、重要な場面で「伝える」役割を担ってこられた堀貞一郎 先生。
特に、昭和49年12月2日。ディズニーランド首脳陣が来日した際の(そして即断即決させた)伝説のプレゼンテーションは有名です。
(※その当時のことはオーディオブックになっています。)

当日のテーマサロンは、堀貞一郎 先生が試行錯誤しながら身につけられた表現法を、IWCJで子どもたちに発声について教えてくださっている楠瀬誠志郎 先生に論理的に解説いただく。そのような場となりました。

※この表現法のプロデュースプログラムは体系化され、2010年4月15日にテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」で、ゆとり世代を金の卵にするプログラムとして紹介されました。


■ビジョンと目的があっての声!


これだけの夢をかなえてきた堀貞一郎 先生。その魅力は、どのようにしてつくられてきたのか?

堀貞一郎 先生の小学校時代: 「女性を引きつけたいために・・・」
こんな目的から、声をトレーニングすることを始めた。

そして、子供ころに考えていた概念や目標は変化・・・

仕事をするようになってからは、夢をかなえるために、お客様を引きつけるとか、スポンサーを説得するとか、そういう目的のために「声」を意識して使うようになっていった。

講演のときでも、内の中で自分の意識をコントロールしながら、高揚させるときには少しずつ音程を上げていき、説得するときには下げていく、最後に「いかがでしたでしょうか」と閉めていく・・・
目的のために人を説得するには、「声」というものをとても大切だと感じていたそうです。


■堀貞一郎先生の声が、人を集める理由とは?


①声を出しているのではなく、身体に響かせていること(人に聴かせるのではなく感じさせている)
②ホリ信号という独特の節
 先生の話し方を絵でみていくと「掘る」。
 そして、一つの呼吸(節)のなかで、何を伝えるのか。伝えることを描き、1つのものがたりができている。
 最後の節の切れるところが、すごくきれいに終わるのも特徴。どんな波形で語るのか? そこが完成されている。
 ※また、呼吸と一緒に音を出している。
  (呼吸と音を一緒に出すと、人は聴く姿勢ができる)


■営業の成績も声次第・・・


そのあと、ホリテーマサロン会員から、営業での声の影響について質問がありました。
世の中の歌が、ほとんどがラブソングなのに、売れる歌とそうでない歌があるもの同じ。営業も、同じトークスクリプトで、違う成果が生まれるのは、声の影響が大きい。

堀貞一郎 先生「あたしの話は、内容がよかったわけではなかったのか・・・(笑)」という冗談もありました・・・。

アーティストもそうですが、ビジネスに携わる方のほうが、リハーサルなく、日々実践なので、より声は大切。
堀貞一郎 先生は、自分の話に相手がどう反応するのか、音程を変えて反響をずっとみてきたとおっしゃっていました。


■教育という視点


変声期の前にどれだけ声を出すかが大切。デンマークとドイツが模範国。全身に声を鳴らすということをやっておくと、とてもよいそうです。(小学校では、声を出す機会が減っているので、もっとつくりだす必要がありますねという話にも展開していきました。)
しかし、声は表情と同じく、ビジョンと目的があれば、もっとも変えられる要素とのこと。

堀貞一郎 先生の場合は、10年間米国でディズニーと仕事をする中で、これまでと違う(英語のほうが日本語より音程が低い環境)、「音声が変わる」環境をもったことが、とてもよかったとのことでした。この環境が整う場をつくりだすこと、その環境に入ることが大切ですね。



★その他:「ホーンテッド・マンション」の裏話


今回、「ホーンテッド・マンション」の声が、なぜか楽しそう!ということで、不思議に思った会員から堀貞一郎 先生に質問がありました。
※「ホーンテッド・マンション」は、堀貞一郎 先生の声が聞ける場所。「セーフティーバーは・・・」というあの声です!当日も先生に実演していただきました。

『欧米のお化けというのは日本のお化けと感覚が違います。
特に「ホーンテッド・マンション」のご主人ゴースト・ホストは日頃からパーティーが大好きでみんなを自分の屋敷に招待して楽しむのがたいへん好きだった紳士です。その紳士は亡くなってもなお、人を招待したいという気持ちが地上に残って、みんなを招くことになり、愉快なお化けのショーが展開されるのです。ですから、日本人がイメージする怨念とか恨みの世界ではありません。善意の魂の世界なんです。ところが、これを日本人の役者にやってもらうと、どうしても、おどろおどろしくなって、欧米のフィーリングにならないのです。このフィーリングが、あの声にはあるのです』

堀貞一郎 先生に関連する書籍:



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感動が人を動かす                       到知出版
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